5「騎士の生き様」
通用門をくぐったあたしたちは城壁の影に立ち止まり、城内の
状況を窺っていた。
あたしたちがくぐった東側の通用門から西側の通用門までは500m弱。
城の正面から正門までは300mちょっと。
セルティア城はそれなりに大きな城だ。
「よし、城内の兵士はおおかた出払ったようだな。
東館から城内に入って4階のヴェスタルギルドの控えの間を目指す!
アリステアがいないならクローディーヌが状況を把握しているはずだからね。
いくよ、フィールついてこい!」
「はい、お父様!」
言うが否や、お父様は城の東翼、棟の入り口へと駆け出した。
あわてて同じようにお父様のあとを追うわたし。
目の前に扉を守る衛兵が迫る!
「我は麗騎士!トランシアを守りし刃なり!
トランシア妃を想う心があるいならば剣を、銃を引け!さもなければ、斬るっ!!」
呆然とする兵士、銃を構える兵士。
お父様は実剣を手にし、刃をひるがえす!
兵士が銃を撃とうとした瞬間、お父様の姿はかき消え、あとを
追い駆け寄るわたしだけになった。
「!?」
異常に気づいた兵士が銃口をかえるがもう遅い。
瞬時に銃を構えた兵士の足元まできたお父様は刃をはねあげた!
はじけとぶ銃、倒れる兵士。
血しぶきが石段を濡らす。
呆然とした兵士が我に返り、慌ててこちらに背を向けて城内に敵襲を知らそうとする。
「麗騎士だ!麗騎士が・・・」
素早く兵士の眼前に回り込む!
左手で口を封じ、右手に持った実剣の柄でみぞおちを撃つ!
その者もいいきることなく扉にもたれかかるように倒れた。
やっぱり戦闘ではお父様の力にはなれないか。
ならサポートに徹すればいいこと。
城内は軍港での騒ぎのせいか、驚くほど手薄になっていた。
大公に組したはずのヴェスタルもいない。
無論、兵士はまったくいないわけではないけれど、諸処で見張りをしているだけで、
いずれも敵と気づくより先にお父様に卒倒させられていた。
階段まであと20mというところで西翼の兵士詰め所から
やってきたであろう兵士達と遭遇した。
「麗騎士だ、撃て、撃て!!!」
だが、着弾点にいるはずのお父様は、もうそこにはいない。
一瞬のうちに間合いに入り込み、舞うが如く剣を振るう。
混乱気味の兵士達を次々と倒してゆく。
とにかく、早い。
兵士が銃を構えた瞬間にはもう眼前にせまり、刃を跳ね上げる。
兵士達も乱戦になり、思うように銃を撃つことが出来ず、翻弄されている。
10人ほどいた兵達は気が付けば二人だけになっていた。
サーベルの方が有効だと気が付いた兵士が武器を持ち替え、お父様に斬りかかる!
だが、切り裂いたのは残像だけ。
剣を構えなおした時にはお父様は後ろに回り込み、蹴り倒す。
そのまま床に突っ伏す兵士。
その瞬間を狙った兵士ひとりが斬りかかる。
「お父様、後ろ!」
大上段から斬りつけられた剣は・・・実剣の鞘でうけとめられていた。
「鞘だと!?」
そのまま受け流され、体勢を崩された兵士にお父様はあごを蹴り上げられ、
たららを踏む。
再びサーベルを構えるが、剣速があまりに早すぎた。
斬り結ぶことなく兵士をばっさりと斬りつけ、実剣のストラップの位置を直しながら、
目の前にある階段に目をくれた。
あれだけの斬り合いをしていながら返り血ひとつ浴びていない。
いつになく鋭い目をして廊下を見渡すお父様。
「いくぞ、一気に四階まであがる!」
そう言うと階段を駆け上がるお父様。
わたしは杖を手にしたまま、ついてゆく。
二階、やっぱり誰もいない。
踊り場の壁を蹴り、一気に階段を駆け上がる!
三階にあがり、廊下に出て壁をお父様が蹴ろうとした瞬間、
目の前を轟音とともに衝撃波が襲う!!
とっさに身体をひねり、剣を手にその衝撃波を受け流すお父様。
漆黒のマントはハギレとなり、どこまでも白い麗騎士の式服が
のぞいて見えた。
「ほう、耐えましたか。さすがは麗騎士殿。」
癇に触る声が高らかに廊下に響いた。
階段から声の聞こえたほうをみてやると、一人の騎士が抜き身の長剣を携え
廊下に立っていた。
20代前半、ブレストアーマー(胸部鎧)に長めの赤いマント。
金髪を短く切りそろえた顔も精悍な騎士。
「・・・ヴァルタァか。」
「ええ、レディス卿。この先を往くのであればわたしと手合わせ頂きましょうか」
「お父様、知り合い?」
「あぁ。歳は離れているがわたしが剣聖位を受けたときにほんの一時期、指南役を
やっていたんだ。そのときに、ね。」
「今宵、わたしヴァルタァ・セリアが麗騎士を超える!
あなたはもう過去の人間だ。舞台からは降りて頂く。わたしはあなたを超える!」
「いいだろう、過去の人間かどうか、その身をもって知れ!」
ふたりが15メートルほどの距離をおいて互いに剣を構える。
「その構え、ソニックブレイドですか。面白い、試してみるといいでしょう」
次の瞬間、背筋が凍りつくような威圧感が襲いかかり、思わずよろけてしまった。
お父様のまわりはまるで蜃気楼のように揺らめいて見える。
「気」というものだろうか。
・・・そして、すべての音が消えた。
さっきまで聞こえてた虫の音もいつの間にか鳴き止み・・・、
お父様の足は「ぴしっ」という床石の割れる音とともに絨毯を、床石に沈み込む。
お父様の長髪が煌めく。
かくして、このフロアはすべてを圧倒する殺気と静寂、大気の流れだけが
支配する世界になった。
腰が引ける、なんてもんじゃない。
危険だ、この場は危険だと本能が逃げろ逃げろと言っているのに手足が震え、
ふらつき思わずその場にぺたんと座り込む。腰が、抜けた・・・。
「ぱちん」
お父様が実剣の柄を左手ではじき、リリースした。
そして、一呼吸おいて、お父様はその場で抜刀した。
そう、抜刀しただけだったはずなのだ。
だが、轟という音ともに衝撃波がヴァルタァを、廊下を襲った。
廊下の絨毯はめくれ上がり、窓も遠くまで幾枚も割れた。
だが、ヴァルタァの着衣は乱れマントは千切れていても、軽傷だった。
「この程度で倒せると思われては困る。」
「・・・そのようだな。」
「それでは次はわたしからいかせてもらいましょうか。レディス卿」
ヴァルタァは剣を片手で握り、振りかぶる。
次の瞬間、ヴァルタァは一気に間合いを詰める!
お父様はその激しい斬撃を剣を両手に持って受け止めた。
そしてバックステップ。それを更に追いつめるヴァルタァ。
「お父様!」
銀の杖を振るおうとしたとき制止させられた。
「援護は不要だ!これはヴァルタァからの挑戦だ」
さらに斬撃を加えるヴァルタァ。
それをすんででかわすお父様。マントが切り裂かれる。
「ふっ・・感謝しますよ、レディス卿!こうして貴方と一対一で
斬り結べる時が来ようとは!」
「それがドゥガルについた理由か!」
「いけませんか?貴方を倒し、剣聖位をもらい受ける。騎士として生きる身、
十分すぎる理由ではないですか?」
「・・・少し道を誤ったようだな。」
お父様が剣で受け止めいていたヴァルタァからの斬撃。
それをいままでと異なりパァンと大きくはじき返した。
また間合いが開く。
「ならば、成してみせよ!だが、それがかなわぬならば我にまたかしづけ!
忠誠を誓えっ!」
「ええ、成して見せますとも! 卿っ!剣聖位の座、もらい受けるっ!」
再びヴァルタァが間合いを詰める。
今度はお父様も受けにまわらず剣をかまえておなじく間合いを詰める!
斬、斬、斬!
激しく斬り結ぶ二人。
幾度目かに切り結んだとき、二人ははじけ飛ぶかのように間合いをとった。
ヴァルタァが剣を大上段に構える。
張りつめる空気。次の瞬間、剣を振り下ろすと轟という激しい轟音とともに
衝撃波がお父様を襲った。
ソニックブレイドだ。回廊の窓ガラスが衝撃波とともに次々と割れ、厚手の絨毯が
めくれあがる。思わず声を上げる。
「お父様っ!」
だが、お父様はその衝撃波が到達する瞬間に剣を振るい、先ほど階段を上りきった
ときに受けたものより遥かに強烈なソニックブレイドを相殺してみせた。
「なっ!?」
一瞬の狼狽。だが剣聖位を狙う騎士、ヴァルタァは遠距離戦を即座に諦め、
再度間合いを詰め、純粋に剣技の勝負に持ち込んだ。
お父様は劣勢だ。何故か先ほどからずっと彼の攻撃の受けに回っている。
「ヴァルタァ、騎士道が何故に存在するかあらためて考えよ!我にかしづけ!
忠誠を誓えっ!」
「レディス卿!あなたはこの期に及んでまだそんなことを仰るか!
麗騎士として挑戦を受けてくれたのではないのですか!?」
剣と剣が交錯し再び激しい鍔迫り合いになる。
「あくまで剣で勝負を付けよう、そういうことか」
「その通りです、レディス卿!受けに回った貴方を倒しても意味がないっ!
剣聖位の称号を持つ麗騎士との戦いでなければっ!」
「・・・・よかろう、覚悟してもらおう!」
鍔迫り合いを続けていた二人だったが、お父様がそう言った瞬間、轟という音
とともにヴァルタァの剣がはじけ飛び、彼がたららを踏む。
・・・と、お父様は剣を鞘におさめ、漆黒のフード付きのマントを脱ぎ去った。
フード付きのマントの下にあるのは真っ白で袖口と襟首が紅い麗騎士の式服。
そして胸には麗騎士のマークである「剣舞う女」の刺繍が。
「ようやく本気ということですか。麗騎士として戦うというのですね。ありがたい。」
今度はお父様が決してあげることのなかった剣を上段に構えた。
上段は攻撃の構え。
その構えに満足したのか、ヴァルタァは笑みを浮かべながら再び大上段に剣を構えた。
お互いに剣を構え、そしてその間合いがまたゼロになる。
斬、斬、斬。
激しい斬り合い。
やはり先ほどはお父様は本気で戦っていたのではなかったのだろう。
次第に、そして一方的に斬撃を受け続けるヴァルタァ。
「くっ!だがこの程度ならっ!」
激しい斬撃をかろうじて受け流し、一瞬の隙を狙うヴァルタァ。
そして幾度目に斬り結んだとき、ふいにお父様が勢い余ったかのように体勢をくずし
ヴァルタァの脇を通り抜けた。
「お命頂戴っ!」
背中を見せたお父様にヴァルタァがお父様の胴体を狙って横に撫で斬りに入る!
そこで、その重要な場面で力量の差が出た。
お父様の胴体を凪いだはずの刃はお父様の膝と肘で挟み込まれ、受け止められていた。
「なっ!?」
そして甲高い音ともに刃の腹に力を加えられた剣は刃が折れた。
立ち上がるお父様。
「ヴァルタァ、お前は二つの過ちを犯した。ひとつは忠信。そしてもう一つは騎士道だ!
如何に有利であるとはいえ背を見せた敵に刃を向けた。
・・・騎士道精神にあるまじき行為だ。それが解らない貴公ではあるまい!
折れた剣を投げ捨て、懐から短剣を取り出すヴァルタァ。
「・・・まだ過ちを犯すのか?」
「わたしは貴方を超える!いや、超えている!」
ヴァルタァが短剣を構えてお父様に突っ込んでくる!
お父様は素早く振り返り、短剣を剣ではじき飛ばした。
そして返す刃でヴァルタァの首を跳ね・・・なかった。
刃は首の直前でぴたりと止まっていた。
はじき飛ばされた短剣はくるくると宙を舞い、壁に突き刺さった。
「お前の負けだ、ヴァルタァ。」
お父様は首の直前で止めていた刃をひゅんと舞わせ、鞘に収めた。
「レディス卿・・・。」
「お前はまだまだ強くなれる。命を粗末にするな。」
がくっとひざをつくヴァルタァ。
「何故・・・刃が横を向いて来ると?」
「質量にものを言わせて叩き切るバスタードソードならともかく、
人の体は縦には切れんさ。あの立ち位置からでは心臓は直接は狙えない。
命を確実に狙うのであれば刃は必然的に横を向く。
・・・ただそれだけだ。」
決着はついた。それも圧倒的な実力の差をもって。
ヴァルタァの目から涙が零れ落ちる。
「わたしは、わたしはっ!うっうっ・・・」
「我に、エルフィア妃に再び忠誠を誓え、ヴァルタァ。お前の力、捨てるには
あまりに惜しい」
「・・・レディス卿、よろしいのですか・・・わたしは貴方に刃を向けた。
それでもよろしいのですかっ!」
お父様はヴァルタァのあごに手をやり、くぃっと顔をあげさせた。
「言っただろう?負けを認めたのであれば我にかしづけ、忠誠を誓え、と。」
「・・・はい・・・。わたしの命が貴方の役に立つのであれば。」
「役立つとも。ほら、剣を執れ。」
そう言ってお父様は自らの剣を鞘ごとヴァルタァに差し出した。
「・・・ありがたき幸せ。ヴァルタァ・セリア、ここに忠誠を、貴方の刃と
なることを誓います。」
ヴァルタァはお父様の剣を恭しく両手で手に取った。
「レディス様、城内にはまだ兵士とクローディーヌがおります。
武器がないとあっては・・・?」
お父様はレイブレードを懐から取り出し、光の刃を出してみせた。
「試作品ではあるがわたしにはこれがある。気にするな。」
「光剣・・・にございますか・・・。」
「あぁ。ヴァルタァ、城内にクローディーヌがいると言ったな?
母上とジュリアス、それにエフィメラはどこにいる?ドゥガルは?」
「はっ。エルフィア妃とジュリアス様は城内の尖塔に幽閉されていると聞きます。
エフィメラ姫はクローディーヌと一緒におられるかと。
ドゥガルは先ほど城をあとにしテンペストへ拠点を移すと言づてがありました。」
お父様はひゅんっとレイブレードの刃をヴァルタァに向け、命令した。
「ヴァルタァ、これは我からの命令である。同志を集めよ。そしてドゥガルを捕縛せよ。
それから正門をあけろ。わたしはエフィメラのもとに向かう。」
「卿から直々の命、承知致しました。正門を解放し、ドゥガルを捕縛いたします。」
ヴァルタァはお父様にかしづき、承伏した。
「よし、いけ! 頼んだぞ!」
「はっ」
そうしてヴァルタァは声を残して階下へと駆けていった。
「・・・フィール。
わたしは麗騎士だ。剣聖位を持つ高位の騎士でもある。
だけれど、わたしも傍からみればただの人にすぎないんだよ。
確かにわたしはフィールの父親だ。けれど、わたしとて人間だ。
間違ったことをすることもある。
行うことがすべて正しい、なんて思っちゃいけないよ」
「うん、それでも、あたしはお父様を信じる。
だって、それがお父様に課せられた役割なんだから。
でも、それでもあたしのお父様であることもまたまぎれもない事実で
あたしはそんなお父様が好きで、愛してる。
・・・いけない?」
「・・・ありがとう、フィール。」
お父様はこれから一体どれだけの業を背負って生きて行くのだろう。
そんなことを考えたら少しだけ胸がちくりと痛くなった。
だから、あたしは今出来うる最高の笑みでお父様にこう言った。
「さあ、行きましょう、お父様。クローディーヌのところへ。
眠り姫がお父様の到着を心待ちにしているわ。」
「あぁ、行くとしよう」
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