3「幕間」
お父様が机の上の写真をみていた。
「最後に会ったときの写真か。」
「ええ。お父様との写真って数えるぐらいしかないから・・・」
「なぁフィール、この事件が終わったらまた写真を撮ろうか」
お父様は写真たてを見ながらそう言った。
「ほんとに!?嬉しい!」
「今回はほんとに急でしかも時間がなかったからな。
二人の時間があっても良いだろう」
・・・と、お父様の視線がシルクの敷布の上に置いてある銀の杖で止まった。
「そうか、いまでもこれを使ってるんだな」
「ええ。お父様から頂いた大切なものですもの。」
「・・・フィールこれはな、」
「え?銀の杖がどうかしたの?」
「この杖は・・・」
お父様が杖について語りだそうとしたとき、
マイヤーおじさんが帰ってきた。
Pi―
ドアの脇にあるヴィジフォンが警告音を立て、自動的に
ガレージの映像が映し出された。
ガレージの扉がまだあいたままなんだろう、光が強くて良く見えない。
調整のボタンを押すとホワイトバランスが自動的に補正され、
次第にしずしずと後進で入ってくるセンチネルが見えてきた。
お父様もロッキングチェアから立ち上がり、あたしのとなりで
センチネルを見ている。
おじさんが操舵席のドアから身を乗り出して後方を確認しているのがわかる。
「いや、なんでもない。さてと。わたしの身の回りのものを取ってくるかな。
フィールも一緒に来るかい?」
「はい、お父様」
ドアの鍵を開け、親子二人で廊下を歩く。あたしはお父様の手をからめて、
「ガレージ直通の階段はこっちですよ、お父様」
「助かるよ、フィール。人前には出たくないからね」
廊下の中央付近の非常階段の扉をあけ、階段を降りる。
ガレージに降りると、ちょうどガレージの扉が閉まったところで、
ガレージ内を照らすスポットライトに切り替わったところだった。
お父様は擬装してあるって言ってたけど、、、、
これ、大きなコンテナが積まれてる以外は普通のケッチのような・・・
あ。だから擬装なのか。
ただ、凄い量の白煙があたりに立ちこめている。
でも無臭。ドライアイスの煙みたいな・・・なんだろ、、これ。。
壊れちゃってるのかな?
「お父様、この白煙って・・・」
「ん?ああ、ただの冷却剤だよ。気にするな。さ、こっちだよ」
操舵席からマイヤーおじさんがやってくる。おじさんはお父様に
キーを渡しながら告げた。
「追っ手らしいものは見受けられませんでした。
念のため、確認しながら参りましたが。」
「ああ、ありがとう、マイヤー。」
お父様はタラップをセンチネルにかけると乗船した。
続いてあたしも乗船する。
船室の間の部分に足を運び、ドアにキーを差し込む。
Pi―
という電子音がして、鍵が開いた。
お父様はドアの取っ手を引くと、ドアが上に跳ね上がった。
手すりを片手に中に入り、照明をつけるお父様。
「フィール、入っておいで」
「はーい」
あたしはお父様に続いて船室に入った。
中は、、、かなり広いリビングスペースになっていた。
ケッチの船内がこんなになってるなんて、、、ちょっと驚き。
大きなテーブル、ソファー、キッチン、クローゼット、化粧室まである。
お父様は早速クローゼットから長剣を取り出すとソファーに放り投げた。
「ん〜、あとは、、、やるなら夜襲か。マントが必要だろうな」
そういうと黒いマントをソファーに放り投げた。
「フィール、そのへんに座ってろ」
「はーい」
あたしはマントを綺麗にたたみなおし、ソファーに腰掛けた。
テーブルに剣を静かに置きなおす。
そのテーブル越しにあるキャビネットには3つの写真がおいてある。
多分、セルティア城で撮ったんだと思うヴェスタル・ラ・ギルドの
式服を纏ったアリステアさんの写真。
「ん、何を見てるんだ、フィール?」
気が付くと麗騎士の式服を片手にお父様が後ろに立っていた。
「アリステアさんの写真。これ、セルティア城よね?少し、、若いかな・・?」
お父様は苦笑した。
「ああ。ヴェスタル・ラ・ギルドのリーダーになったときの記念写真だよ。
わたしのお気に入りの写真、かな」
で、こっちがギルドメンバーの写真か。
そして最後の3枚目の写真はあたしとお父様がセルティア城で
撮影してもらった写真、つまりはあたしが飾ってる写真と同じものだった。
ちょっとうれしさと恥ずかしさがないまぜになって思わず照れる。
丁寧に麗騎士の式服をソファーに置くと、お父様はキッチンに向かい
ケトルに湯を沸かし始めた。
「フィール、なにがいい?紅茶でいいか?」
「あーん、言ってくれればあたしがやるのに。。」
「ん、気にするな。いつもやってることだ。紅茶は、、っと・・・」
引出しから紅茶の缶を出すと、ティーポットに紅茶を入れ始めた。
そう、そこにある写真を撮ったときもそのあとお父様が不器用ながらも
こうやって紅茶をいれてくれたんだっけ。
「お父様、もしかしていつもこのセンチネルで生活してるの?」
火を消し、ティーカップとティーポットを手に戻ってくるお父様。
「ご名答。レスティアにはいるけどちょっと事情があってね。
わたしはもっぱらこのセンチネルを使ってるよ。ジュリアからの預かり物もあるしね」
紅茶をすすりながら尋ねる。
「あ、良い香り。・・・で、そのジュリアスさんからの預かり物ってなぁに?
・・ってあたしが聞いてもいいのかな?」
お父様もカップを口元に運びつつ、応じる
「別にかまわないさ。その預かり物っていうのが'銀の剣'さ。
わかりやすく言うと機動ユニットの一種かな。
携行できるビーム兵器と集光セイルにジェネレータ、
リニアクラフトつまりは浮揚システムと可変システムを搭載したもので、
わたしたちはAeromoer kight(アーマーナイト)と呼称してる。
もっとも、、今は起動しかできないただのでくの坊だがね。
奴が言うにはサイバネティクスチャイルド、例のシステムを搭載すれば
従来の機動ユニットとは比べ物にならない戦力になるんだそうだ。
変形による高速飛装帆船を遥かに凌駕する機動性、要塞砲並みの火力、
人型であるが故の高い汎用性、エトセトラ、エトセトラ。
そしてそれらの複雑な機体性能を統括管理してくれる現行のものとは
一線を画すナビゲーションコンピュータ、SCシステム・エフィメラ。」
「ジュリアスさんが作ったものなの?」
お父様はティーカップをテーブルに置くと、こう答えた。
「いや、設計にはわたし自身も携わってる。実際に製作したのは奴の工房だがね。
なんにせよ・・・、こいつが今回の作戦の鍵になるだろうな。
奴のいうとおりの性能を発揮できることを祈るばかりだけどな。
こんなもの、使わずに済めばそれに越したことはないんだけどね。
恐らく・・そういう訳にもいくまい。
「センチネルはレールキャノンを両舷に8門、持っている。あとバウチェイサー
(艦首追撃砲)に2門、スターンチェイサー(艦尾迎撃砲)の1門。
操舵室から火器管制も行えるようになってるが・・・その程度の武装と船足で
で逃げ切れるほど甘くはないだろう。」
そこで不安になって、問いかけた。
「お父様・・よくわかんないけどそれってあたし、力になれるのかな・・・」
お父様はすっと立ち上がり、あたしのとなりに座るとあたまをなでてくれた。
「安心しろ、フィールにはフィールにしかできないことがある。
わたしは出来ないこと、それがフィールにはできる。
ひとにはひとそれぞれ、成せることと成すべきことがある。
まぁ、そういうことだ。
今回はおとなしくマイヤーと向かえに来てくれ。
フィールの笑顔が力になる。
それだけで十分だ。
・・・・よし、そろそろ戻るか。」
そういうとお父様はティーカップとティーポットをキッチンに下げた。
「あ、お父様あたしが洗うからお父様は座ってて。
たまには娘らしい事をさせてよ、ね?」
お父様は苦笑すると、ソファーに座り、剣を抜刀し、手入れをはじめた。
そんなお父様を横目に洗い物を始めた。
ティーカップ、ティーポット、ともに大事にされてるのが良くわかる。
そういえばお父様、無類の紅茶好きだったっけ。
紅茶の葉の入った缶をもとに戻し、ティーカップとティーポットを
ふきんで水気をふき取る。
まどろんでいる。これは、夢?
白昼夢?気づくとわたしはセルティア城の城内にある庭園にいた。
庭園の中央にある噴水がしぶきをあげ、太陽の光を受けて綺麗な虹が見えた。
コツコツと石畳を歩く音が聞こえる。
・・・と、わたしの目の前が影で暗くなった。
来たか。顔をあげるとそこには彼女がいた。
白いワンピースに腰に赤い大きなリボン。
黒髪の長髪がそよ風にゆるくなびく。
「エフィ、来てくれたんだね」
そう、来てくれたのは妹のエフィメラ。
「大事なお兄様からのお願いですから。」
そう言うとエフィメラはわたしの隣にちょこんと腰掛け、
あたまをわたしの肩に預けた。
「話がある。」
「はい、どうぞ、兄様。」
「・・・ジュリアの馬鹿げた実験に付き合うつもりなのか?」
「答えははい、です。エフィメラはなにもできることがありませんから。
ジュリアス兄様のように錬金術に長けているわけでもないですし、
レディス兄様のように剣術に長けているわけでもありません。
魔術の才能があるわけでもない。
お母様のように皆を率いることもできません。
それでもエフィメラはやっぱりクレストの血をひく者なのです。
エフィメラは民のためになら、この小さな世界を少しでも幸せに
できるのならそれはすばらしいことだ、と思うのです。」
「でもこうして話すこともできなくなるんだぞ?」
「一時的な、一過性のことだ、とジュリアス兄様は言っていました。
2年か5年か・・・エフィメラが次に目を覚ましたときは
またこうして大好きなレディス兄様とお話することが」
わたしは立ち上がり、エフィの声をさえぎった。
「一時的なもの?一過性?その間、エフィはエフィでは
なくなるんだぞ!?」
「いいえ、エフィメラはエフィメラです。
エフィメラが次に目を覚ますとき、役目を終えたとき。
レディス兄様はそばにいてくださらないのですか?」
「いや、それは・・・もう・・・決めたことなんだね・・・エフィ。」
涙が、瞳から零れ落ちる。
「あはは、辛いのはエフィなのにね、こんなときに涙が出るなんて。
エフィ、どこにいる?君の顔が見えないや」
「兄様のエフィメラはここにいます。」
エフィメラも立ち上がり、指でわたしの涙をぬぐった。
「いっそ、わたしが代わりになれたら、と思うよ・・・」
「兄様。ひとにはきっと生まれたときから成すべきことが
きまっているのですよ。レディス兄様がお父様から二代目の
麗騎士として拝命して皆を守るように。
それがエフィメラの成すべきことが実験の被験者となって
皆が明日を生きる力にになることだったんです、きっと。」
「2代目麗騎士か。・・・いつかそんな時も来るんだろうか」
「来ます。必ず。なって、民を守り、そしてエフィメラを
見守ってください」
「・・・わかった。約束だ。君が次に目を覚ましたとき、
わたしは君の側にいよう。二代目麗騎士として。」
「はい、約束です、レディス兄様。ゆびきりしましょう。」
お互いに小指を絡ませ、ゆびきりをする。
「「ゆびきった」」
空が黄昏に染まる。
「それではレディス兄様、しばしの別れです。エフィメラは
己が役目を全うしてきます。だから、見守っていてください。
エフィメラは、ココロが弱いから。」
「あぁ。大丈夫だ。エフィはわたしが守る。君の力になる」
エフィメラはくるっとその場で一回転し、万面の笑みを浮かべた。
つややかな黒髪が、大きなリボンが宙を舞う。
そしてわたしの首に両手をまわし、身体を寄せて、ほほにキスをした。
「もう時間です。シンデレラは0時になる前に王子様の前から
去らないとならないんです。」
首から手をはなしたエフィは人差し指をたてて諭すように指を振った。
「わかった。さよならはいわないよ、エフィ。また、ね?」
「はい、また逢いましょう」
庭園の入り口にジュリアが待っている。
エフィメラはその言葉を最後にゆっくりとジュリアのもとに
歩いて行き、ジュリアと2、3言しゃべるとジュリアに手をひかれて
庭園をあとにした。
それはレディス18歳、エフィメラ13歳のときの出来事。
そしてエフィメラはその晩を最後にジュリアの管理の元、永い眠りについた。
「お父様ー、これ、どこにしまうのー?」
お父様は剣の手入れをしていながら答えた。
「あ?あぁ。上の棚にしまっといてくれ。固定できるようになってる。」
「あ、お父様もしかしていまほんの少しだけど寝てた?起こしちゃったかな?
ごめんなさい。」
「いや、気にしなくていい。ちょっとまどろんでいたようだ。」
「夢でもみてた?」
「敏いな、フィールは。・・・エフィメラと最後に会った日の夢をみてたみたいだ」
「そっか。でもこの事件が解決すればまた逢えるのよね?」
「ああ、そうだな」
「えっとカップは上の棚ね。あ、固定できるようになってるのね。
ここ、お家みたいだけど船の中ですものね。
陶磁器はちゃんとしまえないと割れちゃうものね。良く出来てるわねー。」
おもむろに立ち上がり、びゅんと刀身を振り下ろすと、すっと鞘に収め、
マントを手にし、お父様はこういった
「ああ。飛装帆船の中は移動中は揺れるからな。
さあ・・・フィール、いこうか。」
「じゃ、あたし式服を持つわね」
あたしは麗騎士の式服を手にし、お父様に続いてタラップを
元気よく駆け下り、お父様の船室を後にした。
わたし、クローディーヌ・シュヴァリエがはじめて自分がヴェスタルだと
自覚したのは忘れもしない6歳の夏だった。
貴族でも魔術師の家系でもないわたしに資質があったのは
ほんとに奇跡的で驚くべき事だった。
ヴェスタルとしての才能は血、血統によるものが大きい。
隔世遺伝という言葉があるが、それとも異なる。
なにせ、短くないシュヴァリエ家の歴史の中でわたしは初めて力を
持った人間だったのだから。
決して裕福ではなかったけれど、そのときまではわたしは両親に
愛されていてそれなりに幸せだった。
だが、幸せというものは長続きしないものらしい。
あるとき、買い物をお母さんに頼まれ、市場に足をのばしたときに、
世の中のはきだめのような連中に捕まり、路地裏に連れ込まれた。
お母さんが縫ってくれたワンピースを裂かれ、押し倒された。
非力な自分に、お母さんがわたしのために縫ってくれたワンピースを
破かれて怒りがわき上がり、そして爆発した。
気が付いたときにはわたしを押し倒した男は黒こげになって壁に
叩き付けられ、息も絶え絶えだった。
その後駆けつけた警官によって尋問を受けたのは彼ではなくわたしだった。
過剰防衛、と言われたような記憶がある。
まだヴェスタルが貴族や魔術師の家系に限定されていた、ヴェスタル
という存在が神懸かり的に思われていた頃の話しだ。
その一件があってから、わたしは力を持つが故に仲間はずれにされた。
わたしの身分がきっと貴族だったりしたら状況はかわっていたかもしれない。
でもわたしの家系は平民だった。
その力を持つが故に、平民であるが故にいじめのターゲットにされた。
出る杭は打たれる。
後に母親が没落貴族とつかの間の逢瀬を繰り返していたことがわかり、
それがわたしにヴェスタルとしての才を与えたのであろうことが
わかったが、それは母が亡くなる直前に知ったことだし、仮にそれが
わかっていたとしてもわたしが貴族になれたわけじゃない。
平民であることにかわりはないのだ。
わたしがヴェスタル・ラ・ギルドにはいることが出来たのは
ある意味、自分にとっての転機だった。
運よくギルドに入れたわたしはそれまで独学で勉強していた
魔術を習い、めきめきとその才覚を発揮しひとつづつ
地位という階段を登り続けていった。
そしてあの日、ギルドマスターの選抜のとき、
明らかに技量の劣るアリステアに負けたのだ。
対決という試験自体に負けたわけではない。
結局、平民ではなく貴族が選ばれた、そいういうことなのだろう。
・・・わたしは自分の部屋に戻り、衛兵に指示し自分のベッドに姫を拘束させた。
もうそのアリステアはいない。
自分の往く道をさえぎるものはなにもない。
ついに、ついにここまでやってきたのだ。
第4章へ
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